琵琶とヨガがくれたShantiな毎日

Shanti シャーンティとはインドの古い言葉で、平和、安らぎのこと。編集者として働く私が、こよなく愛する琵琶とヨガの魅力を綴ります。

祝ブログ開設1周年! 改めて“琵琶って耳なし芳一ですか?”

こんにちは。薩摩琵琶奏者の中尾掌水、
ヨガインストラクターのゆうこです。
普段は書籍の編集者として働いています。

2021年9月25日にはじまったこのブログ。1回も落とすことなく、無事1周年を迎えることができました。見てくださる皆様、本当にありがとうございます!
初回は「琵琶って耳なし芳一ですか?」でした。

「琵琶といえば、耳なし芳一?」とよく人に言われます。

この「耳なし芳一」は日本の昔話。作家・小泉八雲が『怪談』(明治37:1904年刊行)という本の中で紹介したことから、全国区になりました。

小泉八雲の本名はラフカディオ・ハーンギリシア生まれで、1890(明治23)年、アメリカの出版社の通信員として来日し、後に日本国籍を得て小泉八雲と名乗ります。

芳一とは、目の不自由な琵琶の名手。早くから琵琶の才能を発揮し、特に源平最後の合戦を描いた「壇ノ浦の合戦」の段を語らせると、「鬼神も涙をとどめえず」ほどの腕前だったと紹介されています。

耳なし芳一の舞台は赤間が関(山口県下関市)の阿弥陀寺安徳天皇をはじめ平家一門の霊をなぐさめるために建立された寺で、現在の赤間神宮です。

芳一の琵琶が、あまりにも巧みだったばかりに、平家一門の霊を引き寄せてしまいます。芳一は自分が怨霊に呼ばれているとも知らず、迫力ある演奏で聴衆を魅了します。
そして七日七晩、琵琶を聴かせてほしいと依頼されますが……。

有名な物語なので、なぜ「耳なし」芳一になったのか、多くの人がご存じかと思います。
琵琶の担い手にとって、耳が聞こえないことほど恐ろしいことはないだろうと思いますが、芳一は、この不思議な出来事をきっかけに、さらに練習を重ね、その名を日本全国へ広めます。

この小泉八雲作の「耳なし芳一」。11月26日(日)の演奏会「琵琶×朗読で味わう日本の名文学」にて、“朗読×琵琶”のコラボという形で披露します。琵琶の登場する物語ですから、朗読に琵琶の音色を重ねることで、より臨場感を感じてもらえればと考えています。
そして、芳一が得意とした「壇ノ浦の戦い」の琵琶も、僭越ながら演奏します。

次回のブログは、「はじめての琵琶ワークショップ開催レポート」です。(10月1日更新予定)